おんな城主直虎が育てた井伊直正ってどんな人?功績や戦いについて調べてみた!

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皆様、こんばんは。

先週から、大河ドラマは子役が終わり、レギュラーの配役の方になってきましたね。

柴咲コウさんはもちろん、三浦春馬君、高橋一生君が出てきて、

青春時代がやってきたな・・って感じですね!

ただ、このドラマの見せ所は、後に徳川四天王になる「井伊直政」を

主役の直虎がどんな思いでどんな風に育てたか・・ってとこにあるんじゃないかなって

思っていますので、本日は、ドラマの中の『井伊直政』について調べてみました。

井伊直政役

関連画像

本名:菅生 大将(すごう たいしょう)
生年月日:1993年2月21日(22歳)
出身地:大阪府豊中市
身長:176cm
血液型:A型
兄弟:弟2人
学歴:箕面市立第一中学校、大阪府立池田高校

池田高校は偏差値64の進学校なのにもかかわらず、

高校を辞めて上京。大好きなアメフトもこの時に辞めてます。

高校1年生のときに「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」

に出場し、ファイナリスト12人に選ばれそれがきっかけで

現在の事務所トップコートに所属することが決定しました。

その後、仮面ライダーwでブレイクをはたします。

まあ、正統派イケメンですね!

井伊の赤鬼

徳川四天王の中で、最年少。

譜代大名でないにもかかわらず、メキメキと頭角を現します。

そんな中、織田・徳川連合軍が武田軍を攻める際、

武田軍の山県昌景が率いる赤備えの勇猛さに目を付け、

武田軍を滅びた後、この山県の軍隊をそのまま自分のところに召し抱えております。

この軍隊が後の徳川一の精鋭部隊の基礎を作っており、

井伊の赤備え、井伊の赤鬼が誕生します。

関ケ原での活躍

槍使いに長け、勇猛な武将である直政ですが、

知略にもたけており、関ケ原でも外交能力を発揮し、黒田長政との連携をとり、

毛利家の小早川隆景や、吉川広家を味方につけております。

関ケ原では、先鋒を務め娘婿の松平忠吉(家康の四男)と共に島津勢と

戦っておりますが、その退却の際に負傷・落馬します。

その後は、18万石で、石田三成の居城であった佐和山城に入城。

徳川四天王の中で外様なのにもかかわらず大出世をいたします。

しかし、関ケ原の傷が深く、破傷風を患い1602年42歳で亡くなっております。

性格

 

冷静沈着で、口数が少なく、主人(家康)に意見を言うときは、

恥をかかせないように、人がいないところで進言し、

家康の信頼をえるようになりました。

けど、寡黙がゆえにとても厳しく、軍率も厳しいものになっており、

家臣達の人気はあまりなかたみたいですね。

まとめ

厳しいながらに仕事のできる上司って感じの人だったのかな・・

というのが私の率直な意見かな。

菅田君がどんな演技をみせてくれるか楽しみですね。

では、また~(^^)/

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