神は乗り越えられる試練しか与えない・聖書や英語での本当の意味は?

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自粛生活が続く中、ドラマなどの番組の再放送を見る機会が多くなりましたね。

私も、最近大沢たかお主演の”仁”を見ておりました。

そこで、何度も出てくる言葉が『神は乗り越えられる試練しか与えない』という

聖書の言葉です。果たして、その言葉を当時の人が知っていたかどうかは別として、

本当にそうなのか?もしそうなら世の中に逃避する人や途中でや物事をやめる人は

いなくなるのではないかと思い調べてみました。

神は乗り終えられる試練しかあたえない・聖書には続きがあった!!

聖書の原文では
「神は真実な方ですから、あなたがたを耐えられないほどの試練に会わせることはないません。

むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」

コリント人への第一の手紙 10章13節という言葉なのです。
神様は、私たちを自分の子供のように愛されていて、

試練を与えるのは子供の教育のように、正しい大人になってほしい、

相手の痛みがわかるようになってほしいという気持ちから教育からしつけをしている

ようです。

そして、続きにはなんと脱出できる逃げ道も用意してくださっているようです!

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英語では?

God will not let you be tempted beyond what you can bear.

tempted→誘惑する、そそのかす

beyond→超える

bear→耐える

という意味で考えると、

目先の問題に執着するのではなく、その先を信じて生きなさい

とおっしゃているのかなあ。

試練という困難を思いますが、どちらかというと誘惑のような甘い毒的なイメージ

でしょうか。

英語も、ヘブル語も、聖書や神様についても精通しているわけではないので、

確かではありませんが、なんとなくそういうことかな?と思いました。

まとめ

人には、それぞれ耐え難い苦難が待ち受けていると思います。

でも、この言葉の意味を直訳だけで考えていると、

頑張りすぎて、余計につらいほうにいってしまいますよね。

そういえば、クリスチャンの迫害があっていた時代もこの方々は現実の世界よりも

殉教後、イエス様のもとに行けるという希望の光をもって信仰を続けられてましたね。

なんか・・考えさせられる一日でした。

では、また~

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