エール!音のモデル・小関金子は株が得意な歌手だった!

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朝ドラのエール!

実話にに近い設定となって面白いですね!

顔も知らない人とファンレターから始まって文通→結婚

とういう、考えられないスピード婚の二人で・・

どうなっていくんだろう・・

主人公の妻・音さんのモデルとなった金子さんにせまってみました。

古閑金子

音のモデルとなった金子は

1912年明治45年3月6日愛知県豊橋市に内山家の三女として生まれます。

父親は軍に収める馬蹄を作る工場をしていてので、大変裕福だったようですが、

金子が12歳の時にお父様が亡くなられ、

お母さまが規模縮小しながらも7人の子供たちを育てられました。

また、敬虔なキリスト教の一家であたので、しばしば教会に通い

オルガンなどの西洋音楽にふれます。

活発で積極的な女性だったようです。

金子が18歳の時に、小関裕而がイギリスのコンクールで二等をとったことを知り、

ファンレターが文通に発展し、三か月目には裕而が金子を訪ね豊橋にきて

その帰りに金子は裕而を追って、そのまま福島についていき結婚しました。

電撃結婚です!!

その後、コロンビアとの専属契約で裕而は仕事をするようになり

金子は帝国音楽大学の声楽家に通い、実力をつけついに歌手となるのですが、

子育てに専念する為、歌手活動をやめることになります。

そして、戦争。

戦後は、もう一度声楽の勉強を再開し、小関裕而の作ったオペラで歌っています。

また、婦人文芸で委員となり詩や随筆と出しております。

1980年(昭和55年)7月23日、乳がんにより68歳で死去されました。

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株式投資

「株やってると生き甲斐を感じますわね。株やらない人は、なんだかバカにみえて……(笑声)

1950年の『日本証券新聞』にてこのような発言があったようです。

『失敗はほとんどありません』

と発する実力ぶり。

金融メディアでは『百戦錬磨の利殖マダム』

と呼ばれていたようです。

1960年代初頭には、各種の投資情報に目を通し、

週4ペースで山一證券渋谷支店に足を運んでいたようです。

まとめ

金子さん・・・金の子というだけあって、なかなかの金運をお持ちのようですね。

彼女が投資をしていたのは1960年代になりますので、ちょうど日本の高度成長期

にあたるので、投資も楽しかったでしょうね。

欲張らないで、利食うというのも参考になりました。

利食い千人力という相場格言もありますしね。

では、また。

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