べっぴんさんでいう新世界ってどんな所?大阪万博と関係あるの?

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みなさん、こんばんは!

朝ドラ、べっぴんさん、

ちゃんと見てらっしゃいますでしょうか?

なかなか、イライラシーンが目立ってきましたので、

見るのを嫌がっている方も多いみたいですね(^-^;

私は、先週末大阪に行ってたので

ドラマのリアルで楽しめるのかと思いきや、

まったくの勘違いのようでした・・

 

新世界と大阪万博の関係について

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まずは、本当の新世界からご紹介しますね・・

明治36年(1903年)に、大阪市の「天王寺(てんのうじ)」

と言う地域一帯で、万博(万国博覧会)が開催されました。

5ヶ月間で、530万もの人が訪れたそうです。

その博覧会が終わった後、跡地の西側半分は民間に売却され、

その場所に「大阪新名所」とうたわれた歓楽街の

「新世界」が誕生しました。

明治45年(1912年)のことでした。

新世界の中心部には、遊園地や映画館、

芝居小屋などが立ち並んでおりました。

その遊園地は「ルナパーク」と呼ばれ、

遊園地の入口部分にシンボルとして建てられたのが通天閣です。

この当時の通天閣は、塔脚(土台)の部分が「凱旋門」、

塔の部分は「エッフェル塔」をモデルにした、

とても斬新なデザインで、大阪の人々を驚かせました。

この初代通天閣の高さは、約 75メートル。

当時、東洋一の高さを誇りました。

しかし昭和18年(1943年)に、通天閣のそばの映画館が炎上し、

その影響で通天閣の鉄骨がねじ曲がり、

ついには戦時下の鉄材供給の名目で、解体されております。

現在の物は、昭和31年(1956)市民の要請を受けて

再建されたものです。

2代目の通天閣は103m、初代より39m高いです。

 

大阪の新世界というのは、1970年の大阪万博よりも、

随分前に栄えていた場所ということですね・・

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べっぴんさんの新世界は・・

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さくらと健太郎が東京に行ったかと思っていたら、

二人そろってアメリカ留学から帰ってきましたね!

ここまでは、いいでしょう。

ですが、まあ~なんといいましょうか・・

結局、人事部長の中西君に頼んで、コネ入社じゃないですか( 一一)

さらに、すみれ達は入社に反対しながらも、

結局は、採用した3人のうち二人はさくらと健太郎・・

社員に実力で決めたことをアピールしてましたけど・・

やっぱりモヤモヤが残りますよね。

落ちた京大出身の方が気の毒でした。

私と同様に、京大生の事を気遣ってくれている方がいました(*_*;

さらに、入社した後の新製品発表に遅れてきて、

作品を出せなかった時の親子の会話もどうしたものかと・・・

は~っ(*_*;

まとめ

大阪万博が始まり、人々の暮らしが少しずつ豊かになり、

活気にあふれるところまではよかったのですが、

べっぴんさんでいう新世界は、視聴者的には

なんだかな~って感じなのが本音ですかね・・・

来週に期待しますかね・・

では、また~(^^)/

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